ずっと映画のことを考えている

旧「Editor's Record」(2023.2.28変更)

映画

「リスペクト」リーズル・トミー

ブルース、ソウル、ファンク、R&Bなど、あらゆるブラックミュージックの根底に流れているのは、敬意と尊厳、そして、悲しみだ。それらが欠落した音楽は、黒人が奏で、歌ったとしても、もはやブラックミュージックとは呼べない。偉大なシンガーたちが総じて「…

「モーリタニアン 黒塗りの記録」ケヴィン・マクドナルド

国家や宗教、政治や民族など、あらゆるしがらみを解き放ち、一対一の、人間と人間として対峙したときに初めて、ようやく真実は露わとなっていく。検閲によって黒く塗りつぶされるのは、不都合な真実であり、検閲する側の恐れだ。赦す、ということが、人間の…

「子供はわかってあげない」沖田修一

なにが素晴らしいかって、偏見がまったくないところだ。偏見のない人間は、とても寛容で、そして、何よりも自由だ。なんのしがらみも、遠慮もない世界では、人と人の間の壁はなくなり、こんなにもすべてがきらきらと輝くのかと、理想の世界を見せてもらえて…

「少年の君」デレク・ツァン

これだけ純粋に真正面から愛についての映画を撮られたらもう何も言うことはない。陰険ないじめも、熾烈な受験戦争も、ネグレクトや少年犯罪も、彼らが生きる「日常」はどこか虚無的で、二人でいる時間だけがリアルだった。愛は強く、美しく、犯しがたい。映…

「アイダよ、何処へ?」ヤスミラ・ジュバニッチ

戦場に神はいないし、国連も守ってくれない。戦争も、内戦も、あらゆる紛争が、信じられないくらい人間を残虐にすることは多くの歴史が物語っている。強姦、虐殺、遺体破棄。戦争状態にあるかの国で、メディアでは決して報道されない残酷すぎる蛮行が今も行…

「君は永遠にそいつらより若い」吉野竜平

自分が欠落した人間だという自覚がなければ、誰かの支えになることはできない。人に寄り添うことの本質を、佐久間由衣、奈緒、小日向星一、笠松将、葵揚ら、新進気鋭の若手俳優たちが、グサリ、グサリ、突き刺してくる。それでいて、とてつもなく優しさに溢…

「浜の朝日の嘘つきどもと」タナダユキ

小さい頃、映画館は暗かった。もぎりのおばさんからチケットをかう。フィルムにはノイズが走り、映写機がカタカタまわる音もした。現在のシネコンよりもずっと怪しく、ちょっと胡散臭い場所で、映画を観ること自体がなんだかとても特別だった。そして、映画…

「デンマークの息子」ウラー・サリム

紛争や貧困から逃れた移民の人々が、受け入れられた国で、さらなる差別や迫害、憎悪を受けてしまう。悲しいことに、それが現実であり、世界的な極右政党への支持の高まりは、そのことと決して無関係ではない。デンマークの現実を反映した、この悲劇的なサス…

「ドライブ・マイ・カー」濱口竜介

覆水盆に返らず。または、過去は変えられないが、未来は変えられる、という言葉があるが、そんなに簡単なものではない。取り返しのつかない後悔やしがらみからの再生を、映画は繰り返し描いてきたけれど、複雑で不可解な人間の感情を、これほど緻密に、そし…

「37セカンズ」HIKARI

誰も描かないもの、描こうとしないものが、またもや映画によってもたらされる。そこにあるのは「表現しなければ」という使命感にも似た思いだ。そして、その思いは国境を越え、伝播していく。コンプライアンスという耳障りの良い言葉で、表現を、社会を、制…

「MINAMATA ―ミナマタ―」アンドリュー・レヴィタス

恥ずかしながら水俣病の認定問題が今なお続いていることを初めて知った。2021年7月の段階で、認定を申請した2万2229人のうち、わずか1790人(8%)しか認定されていないという事実も。そのような認識はいつも海外の映画によってもたらされる。それが、私の無…

「靴ひも」ヤコブ・ゴールドヴァッサー

好きなモノやコトにのめり込み、いつでもどこでも自分の気持ちに正直で、大切なひとをとことん思いやる。そんな風に生きられたなら、と思わずにいられない。それだけ、純粋で、ひたむきで、素敵だった。発達障害のある息子と父親の物語でありながら、これは…

「1秒先の彼女」チェン・ユーシュン

日本公開は1997年。傑作「熱帯魚」を観て以来、この25年間、わずか3本の作品しか日本公開されていないけど、ずっとチェン・ユーシュン監督のファンだ。いや、熱狂的なファンだ。詩的でファンタジック、また、オリジナリティに溢れ、そして、なによりも美しい…

「男はつらいよ 寅次郎頑張れ!」山田洋次

寅さんはもちろん、おいちゃん、おばちゃん、さくらに博まで、とらやの人たちは、人が好いにもほどがある。自宅の2階を爆破されて、それでも平然としているって、ちょっと笑ってしまった。よく平和な時代というけど、あまりに平和すぎる。恋も、愛も、すべて…

「ある人質 生還までの398日」ニールス・アルデン・オプレヴ

今、現在、世界で起きていることを、できるだけ正確に、そして、誠実に伝えるということはとても大切なことだ。この映画を信じることができるのは、ジャーナリズムなどという胡散臭いものではなく、当事者、つまりは、内からの視点が一貫して貫かれているか…

「17歳の瞳に映る世界」エリザ・ヒットマン

ほんとうのやさしさは、立ち入らないし、踏み込まない。余計なことを口にせず、そっと寄り添うだけだ。ひとの気持ちに敏感で、気高く、なによりも強いティーンエイジャーの少女ふたりの冒険に心が揺さぶられた。17歳の瞳はすべてを見透かしていた。そして、…

「アジアの天使」石井裕也

傑作「茜色に焼かれる」に続いて、またしても石井裕也監督がすごい。何かを振り切ったかように、メジャーでありながら、自主映画のような熱がほとばしっている。日本と韓国。刷り込みや偏見、言語の違いを超えて、人間は思いやり、わかりあい、どこまでも「…

「聖なる犯罪者」ヤン・コマサ

聖人か、悪人か、ではない。聖人でもあり、悪人でもある、がきっと正しい。人としての弱さを抱えながら、人生をやり直すことを阻むものは一体なにか。この嘘のような実話を基にした物語が問いかけるのはそんなことだ。バルトシュ・ビィエレニアの悪魔のようで…

「MOTHER マザー」大森立嗣

大森立嗣という監督はときに底のない絶望を映画にする。秋葉原無差別殺傷事件の犯人をモチーフにした「ぼっちゃん」、戸籍がなく名もない少年を描いた「タロウのバカ」も不快で耐え難く、言葉を失ったが、この「MOTHER マザー」もそうだ。ネグレクトいう「依…

「茜色に焼かれる」石井裕也

私たちの、ほとんどの願いは叶わないし、努力は報われない。叶わないし、報われないけど、もがいて、あがいて、生きている。生きていく。石井裕也監督が描くのは、そんな闘う者たちの美しさだ。「きれいごとの愛は何の癒しにもならない」と彼はいった。それ…

「ドンテンタウン」井上康平

言葉にできないことを、曲にしたり、絵にしたり、文にしたり。そんな創作についてのもろもろを、現実とも虚構ともつかない、独自な手法で撮りあげた不思議な映画。晴れでも、雨でもなく、曇天というのがいい。表現はモヤモヤから生まれる。 ドンテンタウン |…

「男はつらいよ 寅次郎と殿様」山田洋次

寅さん19作目。寅さんを見ていると、伝説の俳優やコメディアンがフツーに出てくるが、本作もそうだ。戦前・戦後期にわたって活躍した時代劇六大スタアの一人「アラカン」こと嵐寛寿郎、そして、あの志村けんがコメディアンを目指すきっかけにもなったといわれ…

「ストックホルム・ケース」ロバート・バドロー

善悪よりも好き嫌いの方が絶対的だ。善悪は、置かれている立場、見えている角度によって、簡単に変わってしまうけど、好きか、嫌いか、それはもっとシンプルで純粋なものだ。警察や政治はどこを見ているのか、なにを守ろうとしているのか、見誤ってはならな…

「恋する遊園地」ゾーイ・ウィットック

ロマンチックと捉えるか、馬鹿馬鹿しいと捉えるか。この映画を受け入れるには時間がかかった。人間には様々な性的指向があり、それは性的倒錯として現われることがあるとわかってはいても、対物性愛(オブジェクト・セクシュアリティともいうらしい)をリアル…

「バクラウ 地図から消された村」クレベール・メンドンサ・フィリオ

稀に「なんだこれ!?」という映画に出会う。そういう作品は大抵、これまで自分が観てきた映画とは、まったく異なる文法で作られている。冒頭からカルトの匂いをプンプンと匂わせている本作はやがて、勢いをどんどん増して狂いだし、謎の飛行物体が出現、なぜ…

「空白」吉田恵輔

変わる。そこに希望の手がかりがある、と教えられた。この映画が素晴らしいのは、人を変えるのは、わかりやすい正義、わかりやすい優しさではないけと、また、変われるはずのない人間が変われる(人を赦せる)ことの希望を繊細に描いているところだ。それに…

「クイーン&スリム」メリーナ・マツーカス

ふとDVDを手にして良かった! これはスパイク・リーの「ゲット・オン・ザ・バス」に匹敵する、人種差別から生まれるあらゆる不条理に抗う、日本未公開の大傑作だった。小さな嘘が積み重なり、やがて取り返しがつかなくなるように、不条理が不条理が呼び、やがて…

「キーパー ある兵士の奇跡」マルクス・H・ローゼンミュラー

人種や国籍や宗教、あるいは、政治信条を見て接すると複雑になってしまう感情も、自分と同じ人間として対峙するともっとシンプルなものとなる。スポーツの素晴らしさは、仲間として、敵同士として戦った後にリスペクト、敬意が生まれることだ。スポーツを政…

「夏、至るころ」池田エライザ

池田エライザが映画を撮った。そう聞くだけで「見てみよう」と思わせる「なにか」がある。リリー・フランキー、原日出子はもちろん、自身も映画監督の杉野希妃、フォークシンガーの大塚まさじも、きっと彼女の「なにか」に期待したはずだ。そして、みんなが邪…

「明日の食卓」瀬々敬久

母親はいつも、何かに悩み、迷い、葛藤し、闘っている。そして、すぐ側にいる子供たちもまた、何かに悩み、迷い、葛藤し、闘っている。張り詰めた糸が切れないように、あるいは、切れてしまったとしても、それでも逃げず、向き合って、抱きしめる。またもや…