寅さんは困っている人を放っておかない。放っておけない。それは、自己犠牲の精神、キリスト教の隣人愛や仏教の慈悲のような大袈裟なものではなく、人の情け、思いやりによるものだ。そして、寅さんは見返りも求めない。というか、頭にない。ギブ&テイクで…
それしか生きる術がない。純粋であればあるほど、孤立は高まり、やがて狂気じみていく。常識を超えていく創造性、極限の自己表現、お笑いに憑りつかれたカイブツの熱量にただただ圧倒され、その生き様がヒリヒリと胸に突き刺さった。 映画『笑いのカイブツ』…
集合住宅のコーポという響きには、なんとなく、懐かしい温もりがある。そこに住む住人たちは、それぞれに問題や秘密を抱える、いわゆる訳ありの人たちだ。助け合うけれど、干渉はしない。何も言わず、何も問わず、ただつながっている。みんなで楽しそうにお…
映画や文学はときに倫理を超える。執行を待つだけの死刑囚と、殺害された男性の婚約者だった女性との「つながり」を描いたこの作品には、もっと根源的で、本能的な「生」と「性」が貫かれている。自ら望んだわけではないのに生を受ける。生きるってどういう…
純粋無垢にして残酷な、繊細にして危うく脆い、子どもたちの世界を描いたら、この人の右に出る者はいない。それは、どんな親も、どんな教師も、入り込むことのできない「聖域」だ。唯一、例外があるとすれば、それは誰にも言えない孤独を胸に秘めた大人だけ…
日本語でいちばん美しいのは「慮る」という言葉だと思っている。そして、相手を思いやるには想像力が必要で、恋こそが最も想像力を育む大きな糧になることは、多くの詩歌、文学が物語ってきた。デジタルは便利である反面、人間の想像力を奪う。映画「アナロ…
性表現の自由のために戦った大島渚は、性は人間の生に根差しており、それを描くことは、人間性そのものを追求する行為だと考えていた。細密な描写、繊細な色使い、構図の工夫といった芸術的な価値のみならず、人間を生き生きと、ユーモアをもって描いた春画…
映画を観ていると、生まれた場所で育ち、暮らし、生きるということが、いかに当たり前ではないかがよくわかる。そして、故郷を追われるということが、人生で起こりうる最も悲劇的なことであるということもだ。離れ離れに生きることを覚悟した家族のドライブ…
渥美清、あるいは、高倉健のように、吉永小百合は生きる伝説だ。どんな俳優も、女優も、ともにスクリーンに映るだけで、必然、日本映画史の一部となる。そして、もう一人の伝説、山田洋次。母三部作の最後にして現代劇、そして、下町に生きる市井の人々にス…
想像力が豊かで共感力が高すぎるがゆえに、人の感情を自分の感情のように感じ、他人の痛みや悲しみを自分の感覚にしてしまう人のことを「エンパス」と呼ぶらしい。やさしく、繊細な人こそ、生きにくいというのは事実だ。石井裕也という映画監督を無条件に信…
東京で知ったのは、いろんな人がいろんな風に生きている、ということだ。とくに夜の新宿では、いろんな人も、いろんな物も、いろんな事もみた。新宿歌舞伎町、ゴールデン街のバーで繰り広げられる人間模様は、どれもやるせなく、そして、とてつもなくせつな…
作り手の熱意こそが作品に魂を宿す。それは実写もアニメも同じだ。想像を超える志の高さと、決して諦めない執念が、誰もが知るあのキャラクター、あのストーリー、あの世界観を超越した、奇跡の映画を生みだした。湘北メンバーが集結するオープニングは鳥肌…
日経平均株価が初めて1万円を突破し、日本のバブル経済の始まりの年とされる1984年。働いて、働いて、働いて、その先にしあわせは訪れるのかを、すでに予見している寅さん34作。好景気だろうが、不景気だろうが、寅さんはずっと何にも変わらない。それにして…
昭和の銀座。金と欲望が渦巻く世界は、どこか非現実的で、そこにたむろする人々、ひとり一人の人生にドラマがみえる。銀座を牛耳るヤクザが経営するバーに響く、一癖も二癖もあるミュージシャンが奏でる「ゴッドファーザー愛のテーマ」。ジャズのように自由…
ほとんどの場合、答えはもう決まっている。そして、多くの場合、みんな、気づかないふりをし、見て見ぬふりをし、問題を先延ばしにしながら生きている。理屈ではなく感情で動く人間の弱さや狡さをつまびらかにしながら、それでも生きていく一人の女性の物語。…
自由であるということは孤独や寂しさを受け入れることでもある。ほんとうに自由な人となかなか出会えないのは、孤独や寂しさを受け入れている人が、ほとんどいないからだ。有村架純が演じる「ちひろさん」は、大人のようで子供のようで、純真なようで艶っぽ…
かつての舎弟・登と再会し、一瞬、気持ちが高揚するものの、ふと状況を察知し、さっと身を引く寅さんが、なんとも潔くて、カッコいい。身の程を知るとでもいえばいいのか、もはや死語になりつつある「弁え」、その「慎み深さ」にやられてしまう。同じ渡世人で…
彼らは何をそんなに怖れたんだろう。無実の市民が警官に頻繁に殺されてしまうあの国に横たわっているのは、偏見と疑心、それらを生みだす「怖れ」だ。同じ国に生まれながら、黒人は白人を怖れ、白人は黒人を怖れる不条理。恐れは増幅し、やがて憎しみに変わ…
オリジナルの脚本であること。氣志團が主題歌を歌っていること。宇宙人の物語であること。グチャグチャてんこ盛りであること。叫びたいくらいに純真であること。それでいて、決して重くないこと。そして、家族の普遍的な愛の映画であること。そのすべてがグ…
深田監督の映画はいつも痛い。ひりひりする。触られたくない傷口をゆっくりグリグリされるような痛みがある。人間のエゴ、狡さや弱さ、赦しがたいことを乗り越えてたどりつく「境地」。LOVE LIFEが、理屈や言葉ではなく、映画という表現、圧倒的な説得力をも…
人間は目的を見失いがちだ。というよりも、見失ったふりをしているうちに、感覚が麻痺してしまい、やがて完全に見失ってしまう。麻痺を助長させるのは、学校であり、企業であり、それらで構成されている社会そのものだ。そんな社会の中で、唯一ただ独り、「…
これは果たして美談なのか。なんとなくモヤモヤする。1万5千人ものトランスジェンダーが所属するといわれるアメリカの軍隊。それはつまり、社会から排除された「彼ら」が、そこでしか生きられないことの証しでもあるからだ。ただ、ありのままにそこに在ろう…
たった一人でいい。たった一人、理解し、寄り添ってくれる人がいるだけで、人は希望を持って生きていける。環境でも場所でもなく、最後の最後、人の支えるなるのは、やはり人なのだ。そして、傷ついたことのある人ほど、人にやさしくなれるというのも本当だ…
母親であり、娘であり、ひとりの女でもある。そして、それぞれに儘ならない状況を抱えながら日常を生きていく。きっと、それが人生だ。主人公を演じるレア・セドゥの表情は、いつも憂いを帯びていて、どこか満たされてはいないけど、決して未来を諦めてはいな…
臭い物に蓋をしない江戸の暮らし、その生活に根差した市井の思想が、いかに稀有で、尊いものであったか。善も悪も、清も濁も、美も醜も、すべてを肯定する世界。人知れず、夜な夜な恋する人の名を書き、握り飯をつくってその人に会いに行く。私たちの奥底に…
寅さんは、すぐ調子に乗るけれど、誰かを傷つけることはない。むしろ、その調子の良さと、持ち前の明るさで、他人の傷を癒し、それらをすべて回収するかのように、人知れず、最後には誰よりも傷ついている。そのやさしさを知っているのは、さくらであり、と…
人生は出会いの連続だ。良い出会いも、悪い出会いも、それが例え一瞬であったとしても、すべてはやがて、その人の人生の物語の一部となる。世界から孤立し、引きこもっていた42歳の陽子が、人と出会うことで痛みと闘い、勇気を絞りだして東京から青森へ向か…
人間は誰だってズルくて弱い。薄汚くドロドロした負の感情だって誰にでもある。そんな誰にも見せられないような鬱屈した感情を、そっと共有して、共感して、それでいて、お互いに嫌じゃない。むしろ、なんだか愛おしい。きっと、今も昔もそれが恋だ。オフビ…
冒頭。花畑を二人の少年が疾走するシーン。それだけでこの映画が、まぎれもない傑作であることがわかる。子供でもなければ大人でもない。思春期ならではの喪失。置き所のない身体と、やり場のない感情が、思いがけない「悲劇」を巻き起こす。言葉にできない…
大人になるとわかる。あの頃、終わりがあると微塵も感じなかった、たわいもない時間が、いかにかけがえのない大切な時間であったかということを。また、たとえ親であったとしても、自分と同じように、悩み、迷い、もがきながら生きる一人の人間であったとい…