映画
映画にささやかな意味があるとすれば、観る者に気づきを与え、その暮らしに少しの変化をもたらすことだ。人に恋して、人を愛して生きることについての、気づきがたくさん詰まった映画。坂元裕二の脚本はもちろん、40代の松たか子のチャーミングさがヤバい。…
極めて映画的な映画だった。美しく秩序だった生活が一変、現実とも虚構ともつかない不思議な世界へ迷い込んでいく荒唐無稽な展開は、往年のシュールリアリズム映画を観ているかのようだった。筒井道隆の原作。老いと、生(性)への執着を、滑稽かつシニカル…
震災後、かの地の漁師たちは、大切な人の命を奪った海と、再びどのように向き合ってきたのかを考える。漁師だけでなく、ふるさとの未来をかけた戦い、魂の再生は、今も静かに、脈々と続いている。クドカンが向き合ったふるさと・宮城。その土地に暮らす人たち…
久しぶりの寅さん。ノスタルジックな38作目。かつて炭坑で賑わった町の廃れ具合が物悲しく、それが時代とそぐわなくなりつつある寅さんと重なって切ない。圧倒的にやさしく、真っ当な寅さんが、恋しいのはなぜか。ディーゼルカーの車掌、芝居小屋、映画の看…
やさしい人ほど当てにならない。誰しもが弱く、わがままで、肝心な局面であればあるほど、それは露呈する。それでも、自分の立場や責任を背負いながら、懸命に生きている人もいる。いろいろ思うところはある。が、文句を言うことは簡単だが、なぜかそれを噤…
ひとりぽっちで生きるより、誰かと一緒に生きる方が楽しい。そんなシンプルなことが、独創的かつファンタジックに描かれる。それぞれの宇宙の中で生きてきたトンボとハルが出会い、魂が共鳴し、やがて、別れる。それが生きるということ。綾瀬はるかと大沢一…
ありのままの自分が認められないこともつらいけど、ありのままの自分を見せられないことの方がしんどい。ジェンダーの問題が複雑なのは、国や時代、社会の価値観によって、相容れないパーソナルな事情が複雑に絡み合っているからだ。国際的に高い評価を受け…
例え、地球を征服したとしても、次は月が欲しくなる。人間の支配欲や征服欲は果てることがなく、むしろ、それが満たされることで、要求はさらに大きく、冗長されていく。数々の刑事事件、民事訴訟で訴えられているにもかかわらず、大統領に返り咲いた男の半…
人間は自分の見たいようにしか見ることができない。そのときどきの感情というフィルターを通して世界を認識する以上、しあわせは常に自分の中にあるものだ。いかにテクノロジーが進化し、世界が変化しようとも、その本質は決して変わらない。しあわせである…
見たことのない石原さとみがそこにいた。身振り手振りにかまうことなく、ずっと憑りつかれていた。被害者がやがて、格好の餌食となり、マスコミやSNSの悪意の餌食となっていく様は、とても不条理で、しかし、リアルでもあった。当事者でなければわかりえない…
もしも自分がまったく異なる環境で生まれ、育ったとしたら、その性格も、価値観も、今とはまったく異なるものになるのだろうか。技術的にクローンが可能となった現代において、自分は何者か、というアイデンティティーの問題を鋭く問いかける。命の意味、生…
不安定な社会、とはいえ、食べていくことに困るほどの困窮はない。何者かになる必要も、自分探しをする必要もない。何をしても満たされず、いらいらは募り、やがて爆発する。若き才能が、そのイラ立ちと倦怠を切り取った映画が、見事に時代を映しだしていた。…
三谷幸喜の映画の真髄は細部にこそ現れる。シチュエーションはもちろん、美術セット、小道具、衣装、せりふ回し、役者の微細な表情にいたるまで、細部に目を向ければ向けるほど目が離せなくなる。マニアの、マニアによる、マニアのための映画という言葉がぴ…
歯車がちょっと狂っただけで人生は転落していくものなのに、最初から歯車が狂っていては、人生を立て直すことは至難の業だ。母親の愛情を知らずに育った少女が、子供を育てる疑似体験を通じ、精一杯生きることだけがかすかな希望だった。が、しかし、現実は…
ムダのない効率性、他者と比べた優位性ばかりが求められる都会とは異なり、自然とともに生きるには、人とのつながりが最も重んじられる。日々忙しさに追われる中で、何が幸せで、何が豊かさであるかを忘れてはならないといった警句のような映画だった。 映画…
ハンナ・アーレントの「凡庸な悪」を例に挙げるまでもなく、思考を停止し、責任を放棄する人間ほど恐ろしいものはない。見て見ぬふり。アウシュヴィッツ強制収容所と壁一枚を隔てた邸宅で営まれている平穏な暮らしが示すのは「無関心」という非道で、残虐な行…
父の借金を返済しながら難病の母を看護する息子。責任感が強く、真面目な人ほど、生活が困窮していく矛盾。人と人のつながりが断絶される社会ではその矛盾に一層拍車がかかる。そして、割を食うのはいつも弱者だ。他の先進国に比べ、生活保護の捕捉率が著し…
青春は、いつも閉塞し、焦燥している。青春と呼ぶにはやや遅すぎる男女3人が織りなす物語には、気ままに、自由に、楽しめば楽しむほど、切なさが漂っていた。それでも、その刹那な時間が、彼らそれぞれの傷を癒し、孤独を解していく。映画が青春を描くお手本…
恋は妄想。そして、その対象となるのはいつでも、自分が追い求める理想という名の虚像だ。二人の孤独な魂が、お互い、ただただ純粋に虚像を追い求め、すれ違い、決して満たされることのない姿がとても切なく、ミュージカルという手法が哀しみを一層際立たせ…
誰かの圧力や世間体、損得に流されることなく、己自身の内なる規範に基づき、命を賭けて生きた侍。「ならぬものはならぬ」という揺るぎのない信念と、死をも恐れぬ覚悟は、私たちに本物の強さと清々しさを教えてくれる。草彅剛の腹を決めた後の気の纏い方が…
集団時代劇や任侠映画、「仁義なき戦い」シリーズで東映の黄金期を築いた伝説的な脚本家、笠原和夫への強烈なオマージュ。みんな悪くて、みんな醜い。勧善懲悪を排する群像劇、リアルな暴力描写、非常なリアリズム、東映のDNAをひしひし感じさせる胸熱な映画…
現実世界とは異なる不思議で神秘的な世界。現世と来世の狭間にある特別な領域をさまよう魂と魂の交流が、個性的な俳優陣を揃え、独特の映像によってリリカルに切り取られた野心作。泉鏡花を描いた溝口健二のように、どこか妖艶で美しく、人間の情念が描かれ…
待望の橋口亮輔監督の最新作。誰かに認められたい、振り向いてほしい気持ちは、純粋無垢な愛情の裏返しでもある。ぶつかり合うことを必要以上に避ける時代の中で、母に認められたかったと泣き喚き、感情の赴くままに罵詈雑言を浴びせあう姉妹の喧嘩は、あま…
独りで生きているようで、人は必ず、誰かとつながり、生かされている。ときに面倒で、ときに煩わしい、お節介で優しい他者とのかかわりの中で、人生の意味を見いだしていく。偏屈で不器用なジジイの心がほどけていく温かな映画だった。 オットーという男 | …
人間という複雑怪奇なものを深ぼっていくと、およそ常識では計り知れない深層心理に行き当たる。結局のところ、法律が裁くものには限界があり、人間の本当の理解にはなんの役にも立たない。人間の数だけ真実はあり、その真実もまた常に揺れ動いている。 映画…
軽妙でテンポのよい関西弁が心地よい、泣けて笑える人情喜劇。これがなかなかあるようでない。笑福亭鶴瓶、江口のりこ、中条あやみはもちろん、松尾諭、久保田磨希、佐川満男ら、関西が生んだ俳優たちが織りなす絶妙な「間」の競演が最高だった。尼崎に行っ…
見たいように見て、聞きたいように聞き、信じたいように信じる。つまりは、真実はたった一つではなく、それぞれに各々の真実があるということをまざまざと見せつけられる。結局、真実は自分の心で決めるしかなく、それを受け入れるのが人生なのだ。言わずも…
戦争の悪質さは市井に暮らす人間の性根そのものを蝕んでいくことにある。暴力によって深く刻まれた傷は、決して癒されることなく連鎖し、やがて社会をも侵していく。塚本晋也という監督は、肉体や血といった生々しいイメージ、映画という手段を用いて、表層…
2024年もあと2日。今年観た映画は51本。ペースはかなり落ちましたが、まだまだ日常に映画はあります。 一応、今年も残しておこうと思い、振り返ってみた年末恒例のベストテンは、 「aftersun/アフターサン」シャーロット・ウェルズ「CLOSE/クロース」ルーカ…
良い映画は答えを用意しない。多くの命を救うために一人を犠牲にしても良いのか。この道徳的なジレンマを含む問題には、人間の尊厳とは何か、正義とは何かという問いが内包されている。どんでん返しのミステリー。芯の通った強さのある杉咲花、すべてを受け…