ずっと映画のことを考えている

旧「Editor's Record」(2023.2.28変更)

「スクロール」清水康彦

何も考えず、ただただ楽しく生きていければいいけど、人生はそんなに甘くない。人は人に影響を与え、与えられることで、やがて、何者かになっていかなければならない。嗚呼、今の若者は、生きること、愛することについて、こんな風に生きづらさを感じているのかと、胸が苦しくなって、そのうち、気がついたら背中を押されていた。

映画『スクロール』オフィシャルサイト 2023年2/3公開

「逆転のトライアングル」リューベン・オストルンド

ヨーロッパはれっきとした階級社会だ。進学できる学校はおろか、言葉にも違いがあることを、私たち日本人は、どのくらいリアルに想像できるだろう。そんな封建的な階級格差、パワーバランスのまやかしやインチキを、嘲笑しながら暴き倒したような痛快なブラックコメディ。お金も、容姿も、肩書も、すべての虚飾が剥がれ落ちたとき、その人間のほんとうの真価が問われる。そして、この映画をパルムドールに選んだカンヌは、やっぱり信頼に値する。

映画『逆転のトライアングル』 公式サイト

「エゴイスト」松永大司

ゲイについて描いてはいるけど、決して遠い話ではなく、とても身につまされる映画だった。それは愛についてのエゴ、大袈裟に言ってしまえば、人間の孤独を描きながら、それでも、誰かとつながろうとする映画だったからだ。数々の怪演作を残してきた鈴木亮平の中でも屈指。一分の隙もない。完璧。そして、宮沢氷魚はもちろん、阿川佐和子がほんとうに、ほんとうに素晴らしかった。

映画『エゴイスト』オフィシャルサイト 2023年2/10公開

「TAR/ター」トッド・フィールド

芸術が狂気を呼び覚ますのか、狂気が芸術を呼び覚ますのか、それはわからない。芸術が、人間をそれ以上の存在たらしめるもの、神の領域に触れようとすればするほど、やがて「健全さ」は喪失されていく。面白いのは、この映画で主役を務めたケイト・ブランシェットもまた、人間を超え、神の領域に近づこうとする女優であるということだ。

映画『TAR/ター』公式サイト

「百花」川村元気

せつない。どんどん記憶を失っていく母と、それに抗うように、どんどん記憶を蘇らせていく息子。心の溝を埋めようにも埋められない。時間を取り戻そうにも取り戻せない。そのことが、殊の外、どうにもせつなすぎて。記憶はとても曖昧だけれど、愛は確かで、いつまでも残る。それだけが唯一の希望だ。

映画『百花』公式サイト