ずっと映画のことを考えている

旧「Editor's Record」(2023.2.28変更)

書籍

「九年前の祈り」小野正嗣

芥川賞受賞作を読む。解決しようのない、逃れられない苦しみや悲しみに直面したとき、人は何によって救われるのだろう。「祈り」が、宗教的なものでなく、人と人との交わりや、誰かが誰かを思いやる優しさのようなものから生じたことに心が洗われる。「文藝…

「受け月」伊集院静

「俺は野球というゲームを考え出したのは人間じゃなくて、人間の中にいる神様のような気がするんだ」という一文がある。わかる。野球は、まったく予測のつかない筋書きのないドラマであり、私たちにいろんなことを教えてくれるからだ。「神様がこしらえた野…

「うつくしい人」西加奈子

フツウとか、マトモとか、アタリマエでもいい。それらはすべて幻想であって、フツウも、マトモも、アタリマエも、客観的なものではなく、実は、主観的なものなんだ。大切なのは、他人はもちろん、ちゃんと自分を許容するということ。「私は誰かの美しい人だ…

「インターネット的」糸井重里

リンクはつながり、シェアはおすそわけ、フラットはびょうどう。技術的な革新が、人間そのものをまったく異なるものに変えてしまうのではないか、という考えは、今となれば幻想だった。インターネットというなにか新しいことをやっていても、考えるべきは「…

「ひと皿の記憶」四方田犬彦

奥能勢の鮎、出雲の梅干、金沢のクニャラ、上海の鼈、ジャカルタのサテ、ハディージャのクスクス、ボローニャのカツレツ、オスロの鱈、ボルドーの家鴨などなど。日本のグルメブームやフードビジネスとは、まったくかけ離れた場所で「記憶」され、その思い出…

「木に学べ 法隆寺・薬師寺の美」西岡常一

木を買わずに山を買え。木を知るには土を知れ。「最後の宮大工」と呼ばれた西岡常一さんの仕事はそこからスタートする。そして、法隆寺の棟梁に代々受け継がれた11カ条の口伝。その第1番は「神仏を崇めず仏法を賛仰せずして伽藍社頭を口にすべからず」から始…

「PK」伊坂幸太郎

ある登場人物が「その時、試されるのは、判断力や決断力ではなく、勇気なんだと思う。決断を求められる場面が、人には突然、訪れる。勇気の量を試される」という台詞を口にする。ものすごく単純に言い切ってしまえば、伊坂幸太郎はこれまで、ごくごく平凡な…

「うれしい悲鳴をあげてくれ」いしわたり淳治

まるで星新一のような、とは言い過ぎだけど、ショートショートの最後の最後、クスッとさせるユーモアがあったり、ゾクッとさせる恐怖があったり、ドキッとさせる風刺があったり。言葉を巧みに操って、なんとなく世界の真理「のようなもの」を感じさせてくれ…

「逃げる中高年、欲望のない若者たち」村上龍

根拠のない展望ほど無責任なものはない。若者が政治に関心を持たないのは、政治家が語る未来ほど胡散臭いものはないと、どこかで嗅ぎとっているからだ。村上龍は、頑張れば報われる、とか、日本の未来は明るい、とは絶対に書かない。「日本はきっとこのまま…

「死んでしまう系のぼくらに」最果タヒ

最果タヒ。詩人。「意味の為だけに存在する言葉は、ときどき暴力的に私達を意味付けする」と彼女は書く。「意味付けるための、名付けるための、言葉を捨てて、無意味で、明瞭ではなく、それでも、その人だけの、その人から生まれた言葉があれば」とも。ここ…

「編集者の時代 雑誌作りはスポーツだ」マガジンハウス編

マガジンハウス最高顧問、木滑良久。1976年に「地球上でいちばんの雑誌」を目指して創刊された「ポパイ」。その初代編集長が読者に向けて発信し続けたメッセージには、今もなおエキサイティングな輝きが満ちている。スポーツ、ファッション、歴史、文化、映…

「朝はアフリカの歓び」曽野綾子

電気も水道もない、貧しく、汚職だらけのアフリカの地で、そこに暮らす人々のために生涯を捧げる人たちがいる。そして、その多くは、自らの行いを誇ることもなく、かの地で静かに臨終を迎え、遺体として日本に帰ることもないのだという。世界には、勲章や褒…

「秘密と友情」春日武彦/穂村弘

「常に自分の生きている世界に対して違和感や居心地の悪さを覚えている」精神科医と歌人による、友情や孤独、仕事や家族、不安や言葉についての対談集。「星飛雄馬と花形満とか、矢吹丈と力石徹とか、みんな愛し合っているみたいだ」という「愛」についての…

「日本の思想」丸山真男

戦後を代表する思想家が「日本の思想」について論じた古典。古来より日本には、絶対的なものが存在せず、思想が伝統として蓄積されていない。そこにはそもそも、論ずるべき思想のようなものが存在しない、という潔い論旨がとても面白かった。そして、それを…

「知ろうとすること。」早野龍五/糸井重里

信頼できる確かな情報を自らちゃんと選ばなければならない時代になった。そんな時代に「よりスキャンダラスでない」「より脅かしてない」「より正義を語らない」「より失礼でない」意見、そして「よりユーモアのある」意見を参考にする、という糸井重里さん…

「ディック・ブルーナ ぼくのこと、ミッフィーのこと」

細い筆を使って丁寧に描かれたライン。ミッフィーの表情がひとつ一つ異なるのは、それがひとつ一つ手書きされているからだ。「ミッフィーが悲しいときには悲しい気持ちに共鳴しながら描いているし、うれしいときは、うれしい気持ちで描きます」とブルーナさ…

「思考の整理学」外山滋比古

知識を得ることはもちろん大切だけど、それにも増して、うまく忘れることが重要なのだとこの本は説く。「東大・京大で一番読まれた本」との宣伝文句が目に留まり、下世話な好奇心から購入したけど、これがほんとうにすごい本だった。教科書には載っていない「…

「憲法なんて知らないよ」池澤夏樹

賛成でも、反対でも、あるいは、わからない、でもいい。それがなぜなのかを語れるようにはなっておきたい。そのためには、憲法そのものを理解する前に、何のための憲法なのかを考えてみる必要がありそうだ。もちろんそれ自体、いろんな意見があるんだろうけ…

「21世紀に生きる君たちへ」司馬遼太郎

あの司馬遼太郎が、推敲に推敲を重ね、やさしい日本語で、21世紀を担うであろう子供たちに向けて綴った、自身の遺書とも言うべき一冊。自然を敬え。自己を確立せよ。他人をいたわれ。そして、たのもしくあれ。まったく無駄のない、シンプルで力強い言葉で書…

「漁港の肉子ちゃん」西加奈子

誰一人として完璧な人間はいない。生きることが窮屈になってしまうのは、そんな当たり前のことを忘れてしまうからだ。「生きてる限りはな、迷惑かけるんがん、びびってちゃだめら」という台詞に癒されること必至。これは「いーっぺ恥かいて、迷惑かけて、怒…

「日本の路地を旅する」上原善広

タブー視されているテーマであるがゆえに紆余曲折をへて出版されたというルポルタージュ。自らの出自や家族の問題を露わにしながら綴られる文章には、自分の全存在をかけて伝えねばならないことがある、という覚悟が満ちている。差別を生みだすものが無知や…

「侏儒の言葉」芥川龍之介

「人生は死に至る戦ひなることを忘るべからず」という言葉をわが子に遺し、自死を選んだ芥川龍之介によるペシミズムに満ちた箴言集。「わたしは度たび他人のことを「死ねば善い」と思ったものである」なんてフツウは書けない。天才が人生の最期に書き続けた…

「想像ラジオ」いとうせいこう

なかなか読み進めることができなかった小説をようやく読了。あの頃、ほんとうに必要だったのは「陽気さを装った言葉」ではなく「言葉を失って茫然としている時間」だったんだなと思う。死者を弔って遠ざけるのではなく、死者の声なき声に耳を傾けることが、…

「金沢を歩く」山出保

木梨憲武は新聞の囲み記事の中で、金沢駅の鼓門について「離れて見たときにこんなに美しい駅はない。こういうチャレンジがすごい」と答えていた。なにを遺して、なにを創るのか。金沢はその判断がとかく難しいまちだけど、著者は20年の長きにわたって、その…

「地下の鳩」西加奈子

西加奈子はやさしい。正しく生きろ、とか、過去に向き合え、なんてことは絶対に書かない。いつも人間の弱さに寄り添ってくれる。彼女が愛おしく描いた「ちょっとずつ嘘ついて、ちょっとずつ無理している」登場人物たちが教えてくれるのは、ちゃんと生きるよ…

「呪いの時代」内田樹

原発問題、対米戦略、英語教育、婚活ビジネス、格差社会。いずれも一筋縄ではいかないテーマについて触れながら、著者によって終始貫かれているのは、ネガティブな批判ではなくポジティブな提言こそが世の中をより良くするという、いたってシンプルな考えだ…

「ねこのあしあと」中川翔子

一途でがむしゃらで賢いしょこたんが昔から好きだ。一人っ子で鍵っ子。父親と離れて暮らし、おふくろの味(母の手作り料理)をまったく知らずに育った。それでも、家族には溢れんばかりの愛が満ちていることを、彼女は本能的に知っている。見て見ぬふりをし…

「百鬼園随筆」内田百間

自分の身の上に起こった、他人にとってはどーでもいい話をつらつらと綴っているだけなのに、なぜこんなにも読み手を惹きつけ、最後まで読ませてしまうのか。文は人なり。それは、内田百間という人が、なんともつかみどころがなく、おかしみが滲みでているよ…

「宇宙と人間 七つのなぞ」湯川秀樹

例えば、現実には存在しえない複素数という数がある。二十世紀になると「数学がだんだんと一種のフィクション、虚構になっていく傾向をもってきた」と湯川秀樹は書く。どんな学問であれ、物事を突き詰めれば突き詰めるほど、なぞはどんどん深まっていく。そ…

「愛と苦悩の手紙」太宰治/亀井勝一郎 編

とにかく筆まめだった太宰治の書簡集。酒と女に溺れながら、お金を無心してばかり。愚痴っぽく、死にたい、死にたい、と書くわりに、独りで死ぬこともできなかった。そんな最低でロクデモナイ、金持ちボンボンの弱虫だけど、ときおり「教養とは、まず、ハニ…