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Editor's Record

観たモノ、読んだモノ、聴いたモノ。好きなモノの記録。

「赤ヘル1975」重松清

野球にまつわる小説を無性に読みたくなるときがある。ある意味、人生で最も幸福だったあの頃を懐かしみ、と同時に、一抹の寂しさを感じる年にもなった。1975年のヒロシマ。ときの流れは、何をもたらし、何を奪ったのか。忘れていいこと、忘れてはならないこ…

「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」川上未映子

その後、芥川賞を受賞する川上未映子の「ありのまま」が生き生きと綴られる初期の随筆集。例えば「早川さんは歌いながら黙っていたし、動きながら静止していて、お客さんは瞑っていた。それを見て私は目と胸がとても熱くなって涙が滲んで鼻からも熱い息が出…

「死神の精度」伊坂幸太郎

何人も死をまぬがれることはできない。死期の近い人間に寄り添い、死をジャッジする死神の物語から見えてくるのは、どんな人生であれ、ドラマチックであるということだ。ウィットに富んだエンタテインメントでありながら、人生の儚さをしみじみと感じさせて…

「青い眼がほしい」トニ・モリスン

自分の不幸の原因が、自分の容姿にあると思い込み、白人と同じ「青い目」が欲しいと渇望する黒人の女の子。その思いが無垢であるだけに、どうにもいたたまれず、胸が締めつけられる。「弱い者がより弱い者を虐げる」社会の中で、自己を否定して生きなければ…

「ふる」西加奈子

私はいつも「いのち」に圧倒されている。と、西さんはあとがきに書いている。生きること。つまりは「いのち」にまつわる、言葉にするとどれもしっくりとこないような感情を、とてつもない感受性でまるごと受けとめ、もがきながら綴られた一編の小説。白くて…

「蔦屋」谷津矢車

あのTSUTAYAの由来でもある江戸時代の敏腕出版プロデューサー蔦屋重三郎の生き様を描いた時代小説。出版不況と言われる今だからこそ、業界に身を置くものとして、身につまされるところがたくさんあった。とりわけ「そっちの方がおもしろいからに決まっている…

「いっぴきの虫」高峰秀子

エッセイストとしての高峰秀子の本領発揮。東山魁夷、松下幸之助、木村伊兵衛、藤山寛美ら、すでに鬼籍に入った、その道を極めた人たちとの対話をもとにしたエッセイ集。これぞ炯眼。媚びず、驕らず、甘えず、怠らず。人間の本質を見抜く鋭い眼力は、日々の…

「あ・うん」向田邦子

なんでもベラベラ口にしてしまうことほど野暮なことはない。「おとなは、大事なことは、ひとこともしゃべらないのだ」と向田邦子が書くように、かつて、日本には、口に出さずとも、斟酌し、慮り、噤むという美徳があった。舞台は昭和初期の東京。私たちは、…

「政と源」三浦しをん

著者の三浦しをんさんが「古くから人が住み、いろんな記憶が積み重なった場所」と語る墨田区を舞台に繰り広げる、73歳の幼なじみのじいさん二人のドタバタ劇。戦争を知る最後の世代のべらんめえ調のやりとりがなんとも心地よくノスタルジックでいい。年をと…

「時雨のあと」藤沢周平

さわやかな余韻が残るような小説にはなかなか出会えない。すべてを語らず、それでいて、読後に、じわじわ、じわじわ効いてくる。それにしても、藤沢周平のまなざしは澄んでいる。潔く端正な文章によって綴られる市井の人々の小さな物語から、その情景や心情…

「生きるかなしみ」山田太一 編

脚本家の山田太一さんによるその名の通り「生きるかなしみ」についてのアンソロジー。いずれも滋味掬すべき名文揃いで胸にずどんと迫ってくる。初版は今から20年以上前。少なくともそれ以前に書かれ、本書に編まれた文章には、現在の文章にはない、読み手の…

「アンダーグラウンド」村上春樹

地下鉄サリン事件から21年。今さらながら手に取って約800ページにもわたる被害者の方々のインタビュー集を読了。思うところはいろいろあるけど、村上春樹によって編まれたこの本を読み、強く印象に残ったのは、そこに非難も、糾弾もなく、あるのは、その日に…

「君たちはなぜ、怒らないのか 父・大島渚と50の言葉」大島武・大島新

大島渚のように、全身の怒りをフィルムに込め、あらゆるタブーと戦い、ひたすらセンセーショナルに映画を作り続けた監督は、後にも先にもいない。例えば、初期の園子温でさえも、その過激さにおいて、大島渚には到底敵わない。オオシマは間違いなく世界で最…

「ことり」小川洋子

世界の片隅にひっそりとある、誰も気がつかないような、でも、確実に存在している温かく柔らかなものを描く。小川洋子さんの「ささやかな存在」への偏愛ともいえるような優しい視点が好きだ。誰のためでもなく、ただ純粋に、生涯を懸けて愛し抜けるようなも…

「大人失格」松尾スズキ

こんな本を読むと「何してたんだったかも思い出せないようなくらい、なーんにもない空白の一年」ってのは、何かを表現する人にとって、とても大切で必要な時間なんだなぁと思う。無為徒食。「人間生活にはムダなものがかなりあるが、そのムダなもののために…

「月山」森敦

その日本語があまりに美しすぎて内容がまったく頭に入ってこなかった。というと少し語弊があるだろうか。あらすじを追うよりも、まるで古文を読んでいるかのような、その文章に身を委ね、そのリズムにただただ浸っていたかったのだ。「これはただならぬ日本…

「日本人の美意識」ドナルド・キーン/金関寿夫 訳

源氏物語、徒然草、万葉集、蜻蛉日記、好色一代男にいたるまで、今まで読んだどんな本よりも、それらの文学が、日本の文学史において、あるいは、世界の文学史の中で、どのように位置づけられているのかが明確にわかった。それはそのまま、著者が、日本人よ…

「異類婚姻譚」本谷有希子

ユーモアを交えた軽妙な語り口でありながら、その実、誰もがあえて気づかないようにしている(!?)おどろおどろしい夫婦の現実をグロテスクに炙りだしていく。本谷有希子さんは、人間を「露わ」にすることに、ほんとうに長けている。そして、その「露わ」に…

「投資家が「お金」よりも大切にしていること」藤野英人

ひとり当たり年間600杯もの珈琲を飲む珈琲大国イタリアには、独自のバール(珈琲ショップ)文化が根付いていて、スターバックスが一軒もないのだという。みんなが使ったお金で世の中は成り立っており、消費をすることで社会を「創造する」ことができるという…

「父と暮せば」井上ひさし

「あのとき、ヒロシマの上空五百八十メートルのところに、太陽が、ペカーッ、ペカーッ、二つ浮いとったわけじゃ。頭のすぐ上に太陽が二つ、一秒から二秒のあいだ並んで出よったけえ、地面の上のものは人間も鳥も虫も魚も建物も石灯籠も、一瞬のうちに溶けて…

「浅草キッド」ビートたけし

「最後まで芸人としての深見千三郎を超えられなかったことを、オイラはいまでも自覚している」という告白で結ばれる天才・ビートたけしの自伝エッセイ。粋でかっこよく、照れ屋で、寂しがり屋でもあり、そして、底抜けにやさしく、どこか悲しみを背負っている…

「忘れてきた花束。」糸井重里

糸井重里は思想家だ。そして、詩人でもある。まるで彼が敬愛する吉本隆明のように。視点はいつも、なにものにもとらわれず自由で、言葉はやわらかく、その言葉に触れるだけで、気づきがあり、なんだかとても、あたたかな気持ちになる。しみじみおもしろく、…

「ちぐはぐな身体 ファッションって何?」鷲田清一

哲学者によるファッション論。はずすこと、ずらすこと、くずすこと。「やりきれない気分、ちょっと大げさにいえば時代への違和、時代から掃きだされているようなやりきれない気分」が、社会の生きた皮膚としてのファッションになると著者は書く。ファッショ…

「サラバ!」西加奈子

年末年始はずっとこの本を読んでいた。敬愛する西加奈子さんの、これまでの、自身の集大成ともいえる直木賞受賞作。西さんは、いつも、他の誰でもない、自分で自分を赦すこと、自分で自分を認めること、自分で自分を信じることを、全身全霊、小説を書くこと…

「もしもし下北沢」よしもとばなな

あとがきの「企業がむだなものに投資できる時代がまた訪れるように、と願わずにいられない」という言葉がなんだか妙に沁みた。その後にもよしもとさんは「お金のことだけ考えたらしないほうがいいことでも、人間にはしたくてしてしまう楽しいことがあるのだ…

「妖怪になりたい」水木しげる

なにかの虫の知らせか、水木さんが亡くなられる前に買った、雑誌に書かれた文章を編んだ珠玉のエッセイ集。氏の「目に見えない世界を信じる」というポリシーに貫かれた人生は、私たちの心をほんとうに豊かにしてくれるものは何か、ということを教えてくれる…

「最果てアーケード」小川洋子

かけがえのない思い出とともに大切なひとの死を悼む。哀しみにそっと寄り添う珠玉の連作集。小川洋子さんの小説には、静謐な「いつくしみ」が漂っている。それは、世界の片隅で、誰にも気づかれない、見過ごされ、やがて、忘れ去られるものに対する「いつく…

「藝人春秋」水道橋博士

テレビの向こう側では、常人には想像もつかないような、とんでもないことが繰り広げられている。いわば、そんな芸能界という「狂気の世界」を、愛情と羨望をもって書き上げた、他に類を見ないルポ・エッセイ。そのまんま東、草野仁、堀江貴文、ポール牧など、…

「江戸へようこそ」杉浦日向子

レンタルショップとして誰もが知っている「TSUTAYA」。その名前の由来ともなった、江戸時代の地本問屋「耕書堂」の主人・蔦屋重三郎。歌麿や写楽を世に知らしめた、江戸時代の敏腕プロデューサーだった彼が手がけた隠れたベストセラーが、吉原の遊女名鑑兼ガ…

「ぼくらの民主主義なんだぜ」高橋源一郎

大声で「語りすぎるもの」を盲目的に信じてはならない。誰かの呟きにこそ「ほんとう」は隠されている。一方で、自分の考え、あるいは、その呟きもまた、ひとつの見方であるということを忘れてはならない。世界を、広く、深く、複雑なものとして見ること。想…

「君の膵臓をたべたい」住野よる

話題の本をタイトル買い。「愛じゃなくても恋じゃなくても君を離しはしない。決して負けない強いちからを僕は一つだけ持つ」。もしも、そんな風に思える人との出会いや、そう思える瞬間が一瞬でもあったなら、それだけでもう、生まれてきた価値はあるんじゃ…

「笑うな」筒井康隆

星新一、あるいは、藤子・F・不二雄もそうだけど、優れたSF作家の作品を読むと、どれだけ妄想を膨らませればこんなブッ飛んだ物語が書けるのかとほとほと感心してしまう。冷静で知的な現状分析と、痛烈な文明批判、そして、愚かな人間へのどこか温かなまなざし…

「びんぼう自慢」古今亭志ん生

観客は、志ん生の落語を聞きに行くのではなくて、志ん生そのものを観にいった、というのはあまりに有名な話。素行の悪さで小学校を退学になって以来、落語家を志し、十数回の改名を重ね、その間、破門にされたり、借金取りに追われたり、死に損なったりと、…

「牛への道」宮沢章夫

おもしろさに憧れる。憧れるけれど、あまりの自分のつまらなさに、失望し、愕然とすることの方が多い。おもしろさとは、なにを見て、なにを聞き、なにを考えたか、そんな日々の思考の結果、積み重ねの表れだ。こんな本を読むと、まだまだ考えが足りないなぁ…

「悪魔の辞典」ピアス著/西川正身編訳

批評は難しい。それは多くの場合、批判となり、ときに非難となってしまうからだ。「愛国者」とは「政治家に手もなくだまされるお人好し」であり、「政治」とは「主義主張の争いという美名のかげに正体を隠している利害関係の衝突」であり、「平和」とは「二…

「スクラップ・アンド・ビルド」羽田圭介

経済優先の政策をとり続ける日本。それらは、この国に厳然としてある、個人個人、多くの家族にとって切実な、生と死の問題にはまったく関係がないし、政治も、国家も、人間の魂を癒すことには、まるで考えが及んでいない。この若き小説家がクールに提起する…

「科学以前の心」中谷宇吉郎/福岡伸一 編

グリーンランドの氷冠に覆われた世界を「死の世界」ではなく「生を知らない世界」と呼んだ中谷宇吉郎。雪の研究に一生を捧げ、「雪は天からの手紙である」という詩的な言葉を残した、加賀市出身の科学者による随筆集。科学にとって重要なのは、不思議を解決…

「差別語からはいる言語学入門」田中克彦

谷崎潤一郎は著書「文章読本」の中で「言語は万能なものでないこと、その働きは不自由であり、時には有害なものであることを、忘れてはならない」と書いている。この本を読んで思うのは、差別語は、それ自体、そのものが差別的なわけではないということだ。…

「掏摸」中村文則

掏摸(スリ)を「それはあらゆる価値を否定し、あらゆる縛りを虐げる行為だった」と顧みる男が、どうにも逃れなれない過酷な運命と、ろくでもない世界の成り立ちに、抗い、闘い、希望を見いだしていく物語。生きることに執着する。それこそが、救いであり、…

「毎月新聞」佐藤雅彦

普通の人があんまり気がつかないような本質(エッセンス)を自由かつ独特な視点で見抜くこと。そして、そんな、言葉や概念でなかなか説明のつかない、やんわりしたものを、誰にでもわかりやすいように、やさしく立証する佐藤雅彦さんの名著。かの仲畑貴志さ…

「超訳「芸術用語」事典」中川右介

「ロココ」は「元祖キレイ、カワイイ」、「ゴシック」は「何となく、不気味」、「シンフォニー」は「ひたすら大げさな音楽」、「アウト・テイク」は「ボツの再利用」などなど、美術・音楽・演劇・映画に関する、難解で意味不明な専門用語を、「超」わかりやすく…

「フリースタイル」29「椎根和の雑誌づくり」

木滑良久さんでも、淀川美代子さんでもなく、「Hanako」「Olive」「relax」と、いずれもひとつの時代を築いた雑誌の創刊編集長を務めた椎根和さんへの、ややマニアックな人選のインタビュー。「本質と関係ないところの小さなこととか、雑事に妙に惹かれる素…

「熊谷守一 画家と小さな生きものたち」林綾野

晩年、まるで仙人のような風貌で、15坪の小さな庭のある自宅からほとんど出ることなく、家族、猫、取り、虫、草花たちと過ごした画家・熊谷守一。「分際を守って生きた」彼の、すべてを削ぎ落としつつ、「いのち」の本質を捉えた絵画には、どれも圧倒的な美し…

「ようこそ地球さん」星新一

ほんものの批判というのは、声高に叫ぶものではなく、ひょうひょうと和やかな雰囲気でやってきて、相手が少し気を許したところで、その心臓にナイフでグサリと一撃をくらわすようなものだ。星新一を「あの教科書の」なんて考えてはならない。とりわけ、サデ…

「SHAKE」VOL.1「甲本ヒロト 蓄音器とアナログ・レコードの現在地」

「ロックンロールが降ってきた日」という素晴らしい本を生んだ二人の編集者が雑誌をつくった。そのいちばん最初の号の、巻頭のインタビューで、甲本ヒロトが「蓄音器」と「アナログ・レコード」について熱っぽく語っている。「リアルなゴリラが部屋のなかに入…

「細野晴臣 分福茶釜」細野晴臣/聞き手 鈴木惣一朗

ぼくはいつもぶれている。最初の一行になんだかとても救われて購入した一冊。日本の音楽シーンにすごい作品を残してきた彼の言葉には、クリエーションにとって大切なエッセンスがぎゅっと凝縮されている。例えば「うるさい音楽は音を小さくしたってうるさい…

「料理歳時記」辰巳浜子

春夏秋冬。400種類もの旬の食材をとりあげた、その名の通り、料理の歳時記。「戦争の貧困のなかから、土と太陽の有難さを知り、命を守るすべを学び、死ぬ意味もわかりました」とは「食べられる野草」からの一節。これは、そんな心ある母たちの切実な思いが、…

「火花」又吉直樹

赤裸々すぎて笑った。現役の漫才師が、芸人について、漫才について、ほんとうのことを書いてしまうカッコ悪さがとてもカッコ良かった。音楽であれ、映画であれ、小説であれ、やむにやまれぬ真摯な気持ちで表現されたものは、例えそれが荒削りであったとして…

「ヘビーデューティーの本」小林泰彦

初代のL・L・ビーンが作ったメイン・ハンティング・ブーツには欠陥があって、売ったブーツがすべて戻ってきた。これじゃいけないというんで、考えに考えて、ぜったい大丈夫というのにつくりなおして全部送り返した。そんな逸話が紹介されているけれど、そうやっ…

「長嶋少年」ねじめ正一

一度でも野球をやっていた人ならわかるはずだ。野球。少年。校庭。友だち。なんどか書いているけれど、それだけで泣ける。鼻の奥がツーンとしてくる。かつての野球少年にとって「長嶋」がそうであったように、なにか絶対的な存在を持つと、人間は、強く、や…