Editor's Record

観たモノ、読んだモノ、聴いたモノ。好きなモノの記録。

書籍

「我々の恋愛」いとうせいこう

阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件。日本の安全神話が崩壊した1995年に20世紀が終わったと仮定するなら、作中で描かれる恋愛は、『二十世紀の恋愛を振り返る十五ヵ国会議』による「二十世紀最高の恋愛」にして、「二十世紀最後の恋愛」でもある。ケータイも…

「やさしい訴え」小川洋子

15世紀から18世紀にかけて広く使用され、ピアノの隆盛とともに衰退した楽器チェンバロ。西洋や中東において文字を美しく見せるために発達したカリグラフィー。世界にひっそり存在するものに魅せられた3人の男女が織りなす、耽美で、美しく、静謐な。そして、…

「愛と痛み 死刑をめぐって」辺見庸

辺見庸という人の著作を読むと「読んではならぬものを読んでしまった」という感覚にいつも襲われる。なぜなら、そこには、多くの人たちが耳を塞ぎ、見て見ぬふりをしている、知られざる事実が、オブラートに包まれることなく、すべて露わになっているからだ…

「シズコさん」佐野洋子

佐野さんは「私は金で母を捨てた」と書く。「愛してなかったのだ」とも。それは母に対する謝罪であり、また、自分に対する弁解でもあり、なんだか、とても胸が締めつけられた。嘘のない言葉は、強く、激しく、そして、あまりにも無垢だ。書くことで、果たし…

「指先からソーダ」山崎ナオコーラ

小説家は誰しもそうなのかもしれないけれど、山崎ナオコーラという人はとりわけ、言葉では表わせないものを、言葉によって表わそうとする人だ。デビュー作に「人のセックスを笑うな」なんてタイトルをつける人が綴ったエッセイはやっぱりやさしい。そして、…

「笑い三年、泣き三月。」木内昇

すべてを失った焼け野原から立ち上がる。戦後、笑いとエロに希望を見出した、浅草に生きる芸人たちの悲喜こもごもを直木賞作家が生き生きと描く。そうだ。復興を成し遂げたのは、国家でも、ましてやアメリカでもなく、日本人ひとり一人の清らかで逞しい心根…

「人間を守る読書」四方田犬彦

大学時代の恩師によるブックガイド。書物を読むことは「他人の声に耳を傾けるという行為」であり「人々がお互いに不寛容になってきている状況だからこそ、あえて書物を読まなければならない」との主張にお変わりないなーと思う。そして「何かを人に告げ知ら…

「月日の残像」山田太一

本編で引用される「私は本を読みつづけることだろう、そして忘れつづけることだろう」というイギリスの作家・ギッシングの言葉。そうだ、過去のほとんどは忘れ去ってしまうけれど、ほんのわずか、記憶に残る過去の断片を、ノスタルジーに浸ることなく、極めて…

「光ってみえるもの、あれは」川上弘美

ふつうだと思っていたことがふつうではなくて、そのふつうではないふつうをふつうに受け入れるまでの過程。青春。生きることの違和感に、少しずつ、折りあいをつけていく少年二人と少女がとても清々しい。誰かが誰かを思いやる気持ちが滲みでる、やさしさの…

「旅をする木」星野道夫

ある書店員さんにお薦めしてもらった本。ほんとうに素晴らしかった。例えば「人はその土地に生きる他者の命を奪い、その血を自分の中にとり入れることで、より深く大地と重なることができる」と星野道夫さんは書く。ただひれ伏すしかない圧倒的な自然の中で…

「妊娠カレンダー」小川洋子

芥川賞受賞作を含む短編集。生きることの危うさや脆さ、そして、豊かさを、主観に寄りすぎることなく、ある種、淡々と、丁寧に描写する独特の文体が好き。身体や器官への偏愛、フェティシズムも、人間そのものや文学への、彼女の真摯な向き合い方なんだなぁ…

「赤ヘル1975」重松清

野球にまつわる小説を無性に読みたくなるときがある。ある意味、人生で最も幸福だったあの頃を懐かしみ、と同時に、一抹の寂しさを感じる年にもなった。1975年のヒロシマ。ときの流れは、何をもたらし、何を奪ったのか。忘れていいこと、忘れてはならないこ…

「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」川上未映子

その後、芥川賞を受賞する川上未映子の「ありのまま」が生き生きと綴られる初期の随筆集。例えば「早川さんは歌いながら黙っていたし、動きながら静止していて、お客さんは瞑っていた。それを見て私は目と胸がとても熱くなって涙が滲んで鼻からも熱い息が出…

「死神の精度」伊坂幸太郎

何人も死をまぬがれることはできない。死期の近い人間に寄り添い、死をジャッジする死神の物語から見えてくるのは、どんな人生であれ、ドラマチックであるということだ。ウィットに富んだエンタテインメントでありながら、人生の儚さをしみじみと感じさせて…

「青い眼がほしい」トニ・モリスン

自分の不幸の原因が、自分の容姿にあると思い込み、白人と同じ「青い目」が欲しいと渇望する黒人の女の子。その思いが無垢であるだけに、どうにもいたたまれず、胸が締めつけられる。「弱い者がより弱い者を虐げる」社会の中で、自己を否定して生きなければ…

「ふる」西加奈子

私はいつも「いのち」に圧倒されている。と、西さんはあとがきに書いている。生きること。つまりは「いのち」にまつわる、言葉にするとどれもしっくりとこないような感情を、とてつもない感受性でまるごと受けとめ、もがきながら綴られた一編の小説。白くて…

「蔦屋」谷津矢車

あのTSUTAYAの由来でもある江戸時代の敏腕出版プロデューサー蔦屋重三郎の生き様を描いた時代小説。出版不況と言われる今だからこそ、業界に身を置くものとして、身につまされるところがたくさんあった。とりわけ「そっちの方がおもしろいからに決まっている…

「いっぴきの虫」高峰秀子

エッセイストとしての高峰秀子の本領発揮。東山魁夷、松下幸之助、木村伊兵衛、藤山寛美ら、すでに鬼籍に入った、その道を極めた人たちとの対話をもとにしたエッセイ集。これぞ炯眼。媚びず、驕らず、甘えず、怠らず。人間の本質を見抜く鋭い眼力は、日々の…

「あ・うん」向田邦子

なんでもベラベラ口にしてしまうことほど野暮なことはない。「おとなは、大事なことは、ひとこともしゃべらないのだ」と向田邦子が書くように、かつて、日本には、口に出さずとも、斟酌し、慮り、噤むという美徳があった。舞台は昭和初期の東京。私たちは、…

「政と源」三浦しをん

著者の三浦しをんさんが「古くから人が住み、いろんな記憶が積み重なった場所」と語る墨田区を舞台に繰り広げる、73歳の幼なじみのじいさん二人のドタバタ劇。戦争を知る最後の世代のべらんめえ調のやりとりがなんとも心地よくノスタルジックでいい。年をと…

「時雨のあと」藤沢周平

さわやかな余韻が残るような小説にはなかなか出会えない。すべてを語らず、それでいて、読後に、じわじわ、じわじわ効いてくる。それにしても、藤沢周平のまなざしは澄んでいる。潔く端正な文章によって綴られる市井の人々の小さな物語から、その情景や心情…

「生きるかなしみ」山田太一 編

脚本家の山田太一さんによるその名の通り「生きるかなしみ」についてのアンソロジー。いずれも滋味掬すべき名文揃いで胸にずどんと迫ってくる。初版は今から20年以上前。少なくともそれ以前に書かれ、本書に編まれた文章には、現在の文章にはない、読み手の…

「アンダーグラウンド」村上春樹

地下鉄サリン事件から21年。今さらながら手に取って約800ページにもわたる被害者の方々のインタビュー集を読了。思うところはいろいろあるけど、村上春樹によって編まれたこの本を読み、強く印象に残ったのは、そこに非難も、糾弾もなく、あるのは、その日に…

「君たちはなぜ、怒らないのか 父・大島渚と50の言葉」大島武・大島新

大島渚のように、全身の怒りをフィルムに込め、あらゆるタブーと戦い、ひたすらセンセーショナルに映画を作り続けた監督は、後にも先にもいない。例えば、初期の園子温でさえも、その過激さにおいて、大島渚には到底敵わない。オオシマは間違いなく世界で最…

「ことり」小川洋子

世界の片隅にひっそりとある、誰も気がつかないような、でも、確実に存在している温かく柔らかなものを描く。小川洋子さんの「ささやかな存在」への偏愛ともいえるような優しい視点が好きだ。誰のためでもなく、ただ純粋に、生涯を懸けて愛し抜けるようなも…

「大人失格」松尾スズキ

こんな本を読むと「何してたんだったかも思い出せないようなくらい、なーんにもない空白の一年」ってのは、何かを表現する人にとって、とても大切で必要な時間なんだなぁと思う。無為徒食。「人間生活にはムダなものがかなりあるが、そのムダなもののために…

「月山」森敦

その日本語があまりに美しすぎて内容がまったく頭に入ってこなかった。というと少し語弊があるだろうか。あらすじを追うよりも、まるで古文を読んでいるかのような、その文章に身を委ね、そのリズムにただただ浸っていたかったのだ。「これはただならぬ日本…

「日本人の美意識」ドナルド・キーン/金関寿夫 訳

源氏物語、徒然草、万葉集、蜻蛉日記、好色一代男にいたるまで、今まで読んだどんな本よりも、それらの文学が、日本の文学史において、あるいは、世界の文学史の中で、どのように位置づけられているのかが明確にわかった。それはそのまま、著者が、日本人よ…

「異類婚姻譚」本谷有希子

ユーモアを交えた軽妙な語り口でありながら、その実、誰もがあえて気づかないようにしている(!?)おどろおどろしい夫婦の現実をグロテスクに炙りだしていく。本谷有希子さんは、人間を「露わ」にすることに、ほんとうに長けている。そして、その「露わ」に…

「投資家が「お金」よりも大切にしていること」藤野英人

ひとり当たり年間600杯もの珈琲を飲む珈琲大国イタリアには、独自のバール(珈琲ショップ)文化が根付いていて、スターバックスが一軒もないのだという。みんなが使ったお金で世の中は成り立っており、消費をすることで社会を「創造する」ことができるという…