ずっと映画のことを考えている

旧「Editor's Record」(2023.2.28変更)

「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」山田洋次

寅さんは、すぐ調子に乗るけれど、誰かを傷つけることはない。むしろ、その調子の良さと、持ち前の明るさで、他人の傷を癒し、それらをすべて回収するかのように、人知れず、最後には誰よりも傷ついている。そのやさしさを知っているのは、さくらであり、と…

「658km、陽子の旅」熊切和嘉

人生は出会いの連続だ。良い出会いも、悪い出会いも、それが例え一瞬であったとしても、すべてはやがて、その人の人生の物語の一部となる。世界から孤立し、引きこもっていた42歳の陽子が、人と出会うことで痛みと闘い、勇気を絞りだして東京から青森へ向か…

「水は海に向かって流れる」前田哲

人間は誰だってズルくて弱い。薄汚くドロドロした負の感情だって誰にでもある。そんな誰にも見せられないような鬱屈した感情を、そっと共有して、共感して、それでいて、お互いに嫌じゃない。むしろ、なんだか愛おしい。きっと、今も昔もそれが恋だ。オフビ…

「CLOSE/クロース」ルーカス・ドン

冒頭。花畑を二人の少年が疾走するシーン。それだけでこの映画が、まぎれもない傑作であることがわかる。子供でもなければ大人でもない。思春期ならではの喪失。置き所のない身体と、やり場のない感情が、思いがけない「悲劇」を巻き起こす。言葉にできない…

「aftersun/アフターサン」シャーロット・ウェルズ

大人になるとわかる。あの頃、終わりがあると微塵も感じなかった、たわいもない時間が、いかにかけがえのない大切な時間であったかということを。また、たとえ親であったとしても、自分と同じように、悩み、迷い、もがきながら生きる一人の人間であったとい…

「男はつらいよ 旅と女と寅次郎」山田洋次

寅さんの美学は「引き際」に表われる。誰よりも我儘で、往生際が悪いようにみえて、居てほしいときにすっと姿を消してしまう。そこに、自分ではなく、相手を慮るやさしさがある。慮る。このもはや死語になりつつある日本の、日本人の美徳を、最も可笑しく、…

「波紋」荻上直子

この映画について、荻上監督は「私は、この国で女であるということが、息苦しくてたまらない」という言葉を寄せている。この社会に渦巻いている不安や苦しみは、得体の知れないもの、例えば、新興宗教にすがりつかねばならない多くの人間を生みだしている。…

「逃げきれた夢」二ノ宮隆太郎

ちゃんと生きるって難しい。やり過ごそうとしても、そうは問屋がおろさない。人は人として人と向き合わねばならず、人生のどこかで、その時は必ずやってくる。当たり障りのない言葉、その場限りのやさしさ。唯一、かすかな希望と思えるのは、それが誰かを救…

「渇水」髙橋正弥

停水執行。すなわち、水道を止めるという行為は、例えルールであったとしても、少なからず命を危険にさらす行為だ。それがネグレクト(育児放棄)を受けている子供の家庭であった場合、より一層、事態は深刻となってくる。大人からも、社会からも分断され、…

「千夜、一夜」久保田直

年間で約8万人。警察に届けられる行方不明者の数は、そのまま、大切な人、愛する人が、ある日、忽然と目の前から姿を消してしまう数でもある。理由のわからない、そうした喪失と、人はどのように向き合い、時を過ごしていけるのか、あるいは、いけないのか。…

ベストテン2023

2023年もあと2日。今年観た映画は62本。日々慌ただしく、往時の半分くらいになりましたが、それでも映画は観続けています。 さて、年末恒例のベストテンも今年で12年目。特に印象に残った映画は、 「お嬢ちゃん」二ノ宮隆太郎「ベイビー・ブローカー」是枝裕…

「アステロイド・シティ」ウェス・アンダーソン

ゴダールやヴェンダース、カウリスマキ、あるいは、小津のように、ウェス・アンダーソンの映画には、すでに確固たる「スタイル」が確立されている。私たちは、その色彩、その構図、その物語、その世界にただ身を委ねるだけだ。エドワード・ノートン、エイドリ…

「小さき麦の花」リー・ルイジュン

ほんとうにカッコいい男の条件とは何か。余計なことを語らず、寡黙で、なによりも優しい。相手のことを思いやり、慮ってくれる。中国西北地方の農村で、お互いを慈しみ、慎ましく生きる。どんなに辛く、苦しくても、二人ならやっていける永遠の愛の物語。こ…

「銀河鉄道の父」成島出

どんな人間も父と母がいなければ存在しない。命が与えられ、受け継がれるものであるならば、その命によって綴られた言葉、描かれた絵画、奏でられた音楽、それらの創作物もまた、ある意味、与えられ、受け継がれたものなのだ。かの宮沢賢治が生前に出版した…

「Winny」松本優作

日本は「新しいもの」に不寛容な国だ。新しい技術、新しい観念、新しい価値観への疑念や恐れのようなものが、この国全体に蔓延っている。あらゆる分野で遅れをとっているにも関わらず、なお変わろうとしない状況は慢性的で、取り返しができないほど深刻だ。…

「ケイコ 目を澄ませて」三宅唱

いい映画を観るとずっと泣きたい気持ちになる。何気ない会話、何気ない仕草、そこから人の気持ちが痛いほど伝わってくるからだ。人はそれぞれに、ままならない人生を、それでも諦めず、必死にもがきながら進んでいる。16mmフィルムに刻まれた光と音。魂が震…

「男はつらいよ 花も嵐も寅次郎」山田洋次

寅さんはお節介で、ここぞ、というときに弱い。お節介はやさしさの表われで、弱さは照れの裏返しだ。結局のところ、人間は、義理と人情なのだと断言できる。当時、絶大な人気を誇っていたであろう、二枚目スター・沢田研二の「男は顔ですか!」の台詞の秀逸さ…

「湯道」鈴木雅之

茶道、華道、書道。日本人が「道」とするものには、その対象物への限りない尊敬の念と愛がある。映画を企画し、脚本を書いた、湯道初代家元の小山薫堂によると、感謝の念を抱く、慮る心を培う、自己を磨くというのが、湯道の核となる三つの精神であるという…

「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」山田洋次

太地喜和子、大原麗子、松坂慶子と、歴代のマドンナたちもさることながら、いしだあゆみの艶っぽさたるや。寅さんを観ていると、昭和にあって、令和にないものがいろいろとみえてくる。いかにも大スターという雰囲気たっぷりな片岡仁左衛門の佇まいも最高。…

「男はつらいよ 寅次郎紙風船」山田洋次

寅さん28作目。寅さんのカッコ良さは、人の哀しみや寂しさに、そっと寄り添うところにある。人情に厚く、人の心の機微に敏感で、放っておけないところが「らしい」のだ。それにしても、岸本加世子が演じたフーテン少女との凸凹珍道中はサイコーだった。寅さ…

「RIZE ライズ」デビッド・ラシャペル

KRUMPというダンスがとりわけ胸を打つのは、全米で最も犯罪率が高かったロサンゼルスのサウスセントラルで、それが楽しむためではなく、やり場のない怒りや不安、葛藤を表現する手段として生まれたところに由来している。足で地面を踏み鳴らすストンプ、胸を…

「ザ・ホエール」ダーレン・アロノフスキー

人はいつか死ぬ。人生を終えようとするとき、あるいは、最期を自覚したときに、何が脳裏に浮かんで、誰に何を伝えたい、伝えようと思うだろうか。人生で最も大事なこと、価値のあることは、とてもシンプルなこと。人間は、ただ一つ、確かなものを遺すために…

「The Son/息子」フロリアン・ゼレール

例え親子であったとしても本人の苦しみはその本人にしかわからない。助けを求める息子と、その求めに応えようとする父親がいても、愛だけでは救えないこともある。むしろ、その愛こそが、人を傷つけ、苦しめる要因であることを忘れてはならない。 映画『The …

「赦し」アンシュル・チョウハン

どうしても赦せないことが1つだけある。やがて時間が流れ、致し方ないことだと頭ではわかっていても、水に流すことができない。それは、人間は理性ではなく、感情の生き物であるからだ。赦せないというのは苦しい。果たして、いずれ赦せる日は来るのだろうか…

「夜明けまでバス停で」高橋伴明

大声だけを拾うマスコミ。メディアが死んだこの国で、唯一、良心的な映画だけが、声なき声に耳を傾け、小さき声を代弁してくれる。コロナによって疎外され、社会から断絶されたのは、か弱い市井の人たちであり、そんな人たちの暮らしと政治もまた断絶してい…

「スクロール」清水康彦

何も考えず、ただただ楽しく生きていければいいけど、人生はそんなに甘くない。人は人に影響を与え、与えられることで、やがて、何者かにならねばならない。嗚呼、今の若者は、生きること、愛することについて、こんな風に生きづらさを感じているのかと、胸…

「逆転のトライアングル」リューベン・オストルンド

ヨーロッパはれっきとした階級社会だ。進学できる学校はおろか、言葉にも違いがあることを、私たち日本人は、どのくらいリアルに想像できるだろう。そんな封建的な階級格差、パワーバランスのまやかしやインチキを、嘲笑しながら暴き倒したような痛快なブラ…

「エゴイスト」松永大司

ゲイについて描いてはいるけど、決して遠い話ではなく、とても身につまされる映画だった。それは愛についてのエゴ、大袈裟に言ってしまえば、人間の孤独を描きながら、それでも、誰かとつながろうとする映画だったからだ。数々の怪演作を残してきた鈴木亮平…

「TAR/ター」トッド・フィールド

芸術が狂気を呼び覚ますのか、狂気が芸術を呼び覚ますのか、それはわからない。芸術が、人間をそれ以上の存在たらしめるもの、神の領域に触れようとすればするほど、やがて「健全さ」は喪失されていく。面白いのは、この映画で主役を務めたケイト・ブランシェ…

「百花」川村元気

せつない。どんどん記憶を失っていく母と、それに抗うように、どんどん記憶を蘇らせていく息子。心の溝を埋めようにも埋められない。時間を取り戻そうにも取り戻せない。そのことが、殊の外、どうにもせつなすぎて。記憶はとても曖昧だけれど、愛は確かで、…