ずっと映画のことを考えている

旧「Editor's Record」(2023.2.28変更)

「緑はよみがえる」エルマンノ・オルミ

80歳を過ぎたイタリアの巨匠エルマンノ・オルミ監督が亡き父の涙に捧げた映画。戦場に赴いた戦士ひとり一人に、家族があり、暮らしがあり、夢があった。常軌を逸した戦場の中で正気を保つことがいかに困難なことであるか。余計なものを極限まで排した、美しくも苛酷な映像によって描かれるのは、それでも人間は自らの尊厳を守れるはずだという希望だ。それにしても素晴らしい邦題!

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「緑はよみがえる」公式ホームページ

 

「島々清しゃ」新藤風

漁師役の渋川清彦が「グルーヴよ、グルーヴ」と発する印象的な台詞がある。その、なんとも定義しがたい、音楽による高揚感のようなもの。それが作られていく過程を丹念に描いたのがこの『島々清しゃ』だ。上手くてもグルーヴのない音楽、下手でもグルーヴのある音楽はある。そして、やっぱり民謡ってスゴイ。胸の奥深くに沁み込んで魂が悦んでいる感覚になる。

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映画『島々清しゃ』公式サイト

「タンジェリン」ショーン・ベイカー

ゲイであれ、バイであれ、ノンケであれ、心にぽっかり空いた穴を埋めてくれるのは自分ではない誰かだ。この映画が感動的なのは、ロサンゼルスの片隅で生きるトランスジェンダーを、そのままプレーンに描いているからだ。恋をし、嫉妬し、裏切り、裏切られ、傷つき、癒される「日常」が、滑稽で切なく、そして、美しい。また、全編すべて iPhone で撮影されたというのがなんとも痛快。これぞインディペンデント。人の心を打つか、打たないか、それと予算はまったく関係ないのだ。

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映画『タンジェリン』公式サイト

 

 

「灼熱」ダリボル・マタニッチ

異なる国家、異なる民族、異なる人種、異なる信仰。なぜ拒むのかを深く理解しないまま、なにかに扇動されるように、私たち人間は、自分とは「異なるもの」をいとも簡単に排除してしまう。かつてクロアチア人とセルビア人が殺し合った美しい国に生まれたダリボル・マタニッチ監督が描く、それでも愛は乗り越える、という切実な希望。この映画には痛々しさと強さが全編に溢れている。

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映画『灼熱』 公式サイト

 

「笑い三年、泣き三月。」木内昇

すべてを失った焼け野原から立ち上がる。戦後、笑いとエロに希望を見出した、浅草に生きる芸人たちの悲喜こもごもを直木賞作家が生き生きと描く。そうだ。復興を成し遂げたのは、国家でも、ましてやアメリカでもなく、日本人ひとり一人の清らかで逞しい心根なのだ。戦後を生き抜くという苦しみや悲しみをほんのわずかでも思い巡らせる手助けとなる一冊。

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『笑い三年、泣き三月。』木内 昇 | 単行本 - 文藝春秋BOOKS