ずっと映画のことを考えている

旧「Editor's Record」(2023.2.28変更)

「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」川上未映子

その後、芥川賞を受賞する川上未映子の「ありのまま」が生き生きと綴られる初期の随筆集。例えば「早川さんは歌いながら黙っていたし、動きながら静止していて、お客さんは瞑っていた。それを見て私は目と胸がとても熱くなって涙が滲んで鼻からも熱い息が出た。みんな生きてるんやと思った」という一節。独特の文体も良いけれど、やっぱり、感受性のセンスがハンパない。こんな風に物事を見つめ、感じることができたなら、世界はもっと醜く絶望的で、もっと美しく輝いているんだろうか。

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『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』(川上未映子):講談社文庫|講談社BOOK倶楽部

 

「イーグル・ジャンプ」デクスター・フレッチャー

いやーーーーーあ、興奮した!!! 単なる勝ち負けではなく、私たちが、なぜスポーツに、なぜオリンピックに魅せられるのか、その理由が、105分にギュッと凝縮されている。スポーツ選手はいわば全員がクレイジー。自己の限界を超えようとする、そのときに「栄光の瞬間」はやってくる。あの「クール・ランニング」で描かれたジャマイカのボブスレーチームが参加した1988年のカルガリーオリンピックで起こった実話をもとにしているというのも泣ける。80年代、熱いぜ。

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イーグル・ジャンプ | Digital HD, Blu-ray, DVD | 20th Century Fox JP

「オマールの壁」ハニ・アブ・アサド

恋人同士を引き裂いたり、幼なじみを殺し合わせたりする、その背景にあるもの。自爆テロに向かう青年を描いた「パラダイス・ナウ」から8年。パレスチナの若者たちの置かれている状況が、何ひとつ変っていないこと、むしろ、悪くなっていることに、ただただ愕然とする。占領、支配、抑圧。人が人を押さえつける世界では、愛さえもがまるで無力だ。

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映画『オマールの壁』公式サイト

「後妻業の女」鶴橋康夫

どんなに恐ろしい事件も、どんなに悲しい出来事も、他人事として眺めると、どれも喜劇に見えてくる。色とカネ。欲にまみれる人間の滑稽で哀しい性を、円熟のキャストとスタッフが、一級のエンターテインメントとして描いた意欲作。まるで伊丹十三のような、ユーモアを忘れず、人間そのものの核心に迫る毒のある喜劇は久しぶり。

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映画『後妻業の女』公式サイト

 

 

「山河ノスタルジア」ジャ・ジャンクー

富とひきかえに失ったもの。ジャ・ジャンクーは再び、映画という手段を用いて、変化する祖国に翻弄された人間の苦しみと悲しみを、実に丹念に美しく切り取ってみせた。思い通りにはいかないけれど、人生は、ただ淡々と流れていく。そして、特筆すべきは、その色彩感覚。現代中国を代表する名匠は、映画とは「色彩の芸術」であるということを、改めて思い出させてくれる。

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映画『山河ノスタルジア』オフィシャルサイト